『更科日記』富士川伝説 おもしろいよくわかる現代語訳

『更科日記』富士川伝説 の原文

 富士川といふは、富士の山より落ちたる水なり。その国の人の出でて語るやう、

「一年(ひととせ)ごろ、物にまかりたりしに、いと暑かりしかば、この水のつらに休みつつ見れば、川上の方より黄なる物流れ来て、物につきてとどまりたるを見れば、反故なり。
取り上げてみれば、黄なる神に、丹して濃くうるはしく書かれたり。

 あやしくて見れば、来年(きたるとし)なるべき国どもを、除目(じもく)のごとみな書きて、この国来年空くべきにも、守(かみ)なして、また添へて二人(ににん)をなしたり。

 『あやし、あさまし』
と思ひて、取り上げて、干して、をさめたりしを、かへる俊の司召に、この文に書かれたりし、一つ違はず、この国の守とありしままなるを、三月のうちに亡くなりて、またなりかはりたるも、このかたはらに書きつけたりし人なり。

かかることなむありし、来年の司召などは、今年、この山に、そこばくの神々集まりてないたまふなりけりと見たまへし。めづらかなることにさぶらふ」

と語る。

『更科日記』富士川伝説 のあらすじ

駿河の国、富士川まで来たところで、作者はとても不思議な話を耳にします。
来年の地方長官が誰になるかを書きつけた紙を、川から拾い上げた人がいて、それがぴったり当たっていたというお話です。富士川の山には神様方がお集りになって、地方長官の人事を決めているとのこと。そこで決まったことを書きつけた紙が流れてきたのですね。
翌年、そこに書かれていた人事はすべてその通りに行われたという摩訶不思議なお話でした。

『更科日記』富士川伝説 の超現代語訳

 富士川というのは、富士の山から流れ落ちている川です。
富士川にさしかかったときに、その土地の人が出てきて語ったことには、

「昨年のころでしょうか。よそに出かけたところ、とても暑かったので、この川の岸辺で休みながら川の面を見ていました。すると、川上から黄色いものが流れてきて、そばのものに引っかかって止まったので見てみると、反故紙でした。

取り上げてみると、黄色い陸奥紙に赤い文字で濃くきちんとした文字で書かれています。

不思議に思って見ると、来年、任官するであろう地方長官の国を、一覧表のようにすべて書いてあって、この駿河の国も、来年空席になるようで、新しい地方長官の名前が書いてありました。また、そこにはもう一人の名前が添えてあって、二人の地方長官の名前があったのです。

『変だなぁ。おかしなことだ。』
と思って、その紙を取り上げて、乾かして、しまっておきました。翌年の任命では、この紙に書かれた人事が、一つも違っていませんでした。

この駿河の国の長官となった人も紙に書いてあったその人でした。けれども、その人は3月のうちに亡くなってしまって、その代わりに赴任してきた人も、最初の人の名前の横に書いてあったその人だったのです。

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このようなことがあって、来年の任官のことなどは、今年のうちにこの山に、多くの神様方がお集りになって、お決めになることなのだなぁ、とわかったのでした。ほんとうになかなかない不思議なことでございます。」

と語ったのでした。

『更科日記』の作者 菅原孝標の娘は文学の血筋を受け継いでうまれた少女

菅原孝標の娘は、地方に任官した父親にしたがって過ごした関東から都にあこがれ、都で物語を存分に読みたいと願っていたということ。有名なお話ですね。

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彼女の系図を見てみると、母の姉は『蜻蛉日記』の作者藤原道綱母。
父は、受験の神様としても有名な菅原道真を祖先としています。

彼女は、母と父の両方から文学の才能豊かな血筋を受け継いでいたのです。

彼女の伯母が『蜻蛉日記』を書いたのは『源氏物語』が世に出る前のこと。
そして、彼女が『更級日記』を書いたのは『源氏物語』が世に出て、
大ベストセラーになっている時代。

藤原道長の娘の彰子中宮が出産した同じ年に生まれています。

文学の才を両親から受け継いだ彼女は、
『更科日記』を書いただけでなく、数々の物語を書いたのでは、とも言われています。
『夜半の寝覚め』『浜松中納言物語』などの作品の作者と考えられているのです。

この段でも、不思議なお話をまるで物語を語るように語っていますね。

旅先で耳にしたおもしろいお話。
『更科日記』の紀行文の部分に、たいへん上手に取り入れることで、
生き生きとして魅力的な紀行文となっています。

作者の人柄がしのばれる『更科日記』の内容

『更科日記』の長さは、なんと原稿用紙にすると100枚にも満たないボリュームです。

けれども、その構成はしっかり整っていて大きく5章に分類できます。

第一章 旅の記録
第二章 都での生活
第三章 宮仕えから結婚のときまで
第四章 物詣での記録
第五章 晩年

平凡な人生を綴ったというように言われますが、
決してそんなことはない、これほど文学の才能をいかんなく発揮する作品を書いたということだけでも、非凡な女性だと思います。

そして、その日記を読むと、とても素直な人柄があらゆる記述ににじみ出ています。
その人柄ゆえに、穏やかに楽しく共感しながらこの『更科日記』という作品を読むことができます。

伯母の藤原道綱母の激しさとはまったく違った性質の女性だということがわかります。

文学としても優れた『更科日記』。
当時の生活を知るうえでも興味深い記載がたくさんあります。
また、彼女の心情を追っていくのもまた楽しい。

これからも、この作品を少しずつご紹介していこうと思います。

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